Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

konopieのプロフィール

こんにちは。

ご訪問ありがとうございます。

洋服作家・アクセサリー作家の

konopieと申します。

コノピエと読みます。

 

ブランド名の「konopie」は
ポーランド語で「麻」という意味です。

ポーランドも上質なリネンの産地です。

リネンのように日ごとに「着る方」
「使う方」に馴染んでいく。

そんな存在になれたらいいな・・・
そんな想いから名づけました。

愛着があるお洋服
色の変化やくったり感
毛玉やシワさえも今まで一緒にいた
証だから。

そんな風にkonopieのお洋服も
あなたに大切に育ててもらえると幸せです。

そんなリネンをはじめ
着心地が良い素材を使い

「身に着けるだけで
なんだか楽しくなる。」

そんなお洋服をはじめ

アクセサリーや小物なども
作っております。

といいながら

ふと思ったのですが・・・

そもそも私はどうしてこんなに
「作ること」が好きなのでしょうか。。

考えてみると

そもそものルーツは
両親にあるのかもしれません。

子供部屋を一人で建ててしまったり
希望のデザインで勉強机を作ってくれる
器用なサラリーマンの父。

洋服づくりが得意な母には
「こんなお洋服作って?
襟はこんな風にできる?」

など、いつもお願いしていました。

そんな風に「モノづくり」が
「日常にある」そんな家庭で育ちました。

洋服づくりは20歳の頃

洋服づくりの基礎を

東京都内の専門学校で1年間習いました。

この時の先生は

いまだに連絡させていただいている

大尊敬の方です。

本当に素晴らしい先生のご指導のおかげで

今の私の洋服作りの基盤があるとおもっています。

先生からは洋服作りだけではなく

人生についてもたくさんのことを

教わりました。

時には親以上に怖い。と思うほどに
叱られることもあり

とても怖かった記憶があります。

ですが

いつの間にか自分も親になり年齢を重ねた今

それは愛だったことが

わかるようになりました。

 

私が

初めてミシンを踏んだのは

小学1年生の頃でした。

母がミシンを踏んでいる姿がかっこよくて

幼稚園の頃

「わたしもミシンやってみたい。」

そんなことを言ったのが記憶に残っています。

ただその時の母の返事は

「まだだめよ。」

でした。

まだ小さいし、

ミシンは針がついていて危ないので

娘を思う気持ちからの

「今はダメ。」

だったのかと思います。

ただ

「1年生になったら教えてあげるね。」

と言われて

飛び跳ねるくらいうれしかったことは

今でも忘れていません。

 

その念願のミシンデビューは

待ちに待った小学一年生の時。

「お母さんが縫っているように

すいすい縫えるもの。」

と思って意気揚々と臨んだのだと思います。

ですが・・・もちろんそんなこと無理ですよね。

 

ぜんぜんまっすぐ縫えないし、

ぜんぜんダメ・・・。

もう本当に全然・・・全く。

「お母さんはどうしてそんなに上手なの?」

と不思議でたまらなかったですし

母がまぶしく見えたものです。

 

だけどやっぱり上手になりたくて

暇さえあれば何か作っていました。

そんな環境で

家に布やボタンがたくさんあったので

小学生の頃は

「給食袋の新作」

毎週のようにできていました。

三角のかたちの給食袋や

ボタンをたくさん縫い付けた給食袋。

無地にチェック、

たまにはサンリオキャラクターものも。

たくさんの給食袋、で

母はしまうのが大変そうでしたが

私は選ぶのが楽しかったのを覚えています。

 

なぜ給食用のナフキンではなく

「給食袋」

の方を量産していたのかな?

と思い出していました。

きっと

ランドセルのフックにかけて登校するので

「人に見てもらえる。」

そんなちょっとした嬉しさがあったのかもしれません。

本当にささやかな喜びです。

女性は袋物が好き・・・とも聞きますし。笑

 

新学期に持っていく「ぞうきん」

も自分で縫っていました。

古いタオルをもらって

ただ縫う

のでは物足りないので

ステッチでデザインしてみたり。

とにかく「数」をたくさんこなして

いたかもしれません。

 

給食袋もお友達に自慢するわけでもなく

誰も気づいてくれないのですが・・・

「自分でつくる」

その喜びを

少しづつ積み重ねながら

今に至っているような気がします。

 

モノづくりが大好きで

いつも気が付いたら没頭してしまっています。

 

そんな時間に心から喜びを感じます。

 

学生の頃は

「お花のビーズブレスレット作り」

に熱中していました。

このブレスレットは初め

自分が身に着けたくて作って

自分で着けていたのですが

「それいいね。私にも作って?」

と親友に言われたのがきっかけで

好きな色で作ってあげたら

とても喜んでくれて。

そこからどんどん口コミが広がって

最終的には

なんと

他のクラスのお友達にまで

かなり広範囲に広がりました。

みんなの手元に

自分の作品が。

これは

とてもうれしかったですね。

 

 

お花のブレスレットなので

花びらの部分と花芯の部分の色を変えたり

デザインも2パターンあったので

「どんな色が良い?デザインは?」

と聞いて

色やデザインをお好みでオーダーをしてもらって

作ることに没頭していました。

もちろん、お代をいただくという
発想そのものがなかったかもしれません。

今思えば
材料費、結構かかっていたのですが・・・。

なぜなら当時は100円ショップもなく

中学生のお小遣いにしては

なかなかお高い…

美しい輝きが素敵な

「ミユキビーズ」さんのものを

使っていました。

ビーズの選び方も大切です。

学校で着けていても
先生に見つかりにくく笑

なおかつ
チラ見えした時に
制服のポイントにもなって

私服の時も
つけたくなるようなもの。

色はペールカラーで
可愛く見えるものを。

そんな思いで

ビーズの色のトーンや輝き感を

こだわって選んでいました。

 

「せっかく身に着けるものだから

キレイでかわいいものを。」

そんなこだわりが

当時からあったのかもしれません。

 

「オレンジ色はないの?」

と聞かれれば、

新しくオレンジ色の
ミユキビーズを探しに行きました。

優しいトーンのオレンジ色が見つかるまで

探しました。

色の組み合わせで迷うお友達には

「これとこんな色が〇〇ちゃんに似合う気がするよ?

2つ作ってみるから好きなほうを選んでみる?」

そんなこともやっていたような・・・。

そんなボランティアのようなことを

コツコツしていたのですが

「私にもつくって?」

と声をかけられる喜び。

出来上がったブレスレットを渡したときの

お友達のあの嬉しそうな表情。

ハンドメイドブレスレットが縁で

それまで話したことがないお友達とも

縁ができたり。

「人が喜んでくれる幸せ。」

それが嬉しくて嬉しくて。

そんな気持ちを
たくさんのお友達から経験させてもらい

それはそれはとても楽しい日々でした。

その気持ちも今の活動のルーツの
一つになっているのかもしれません。

 

服作りを学んでからは

「自分が
身に着けたいな。」

と思える洋服やアクセサリーを
作りながら

試行錯誤を重ねて
少しづつ技術を磨いてきました。

 

なかなか手放すのが惜しい程

作品はどれもこれも大切なものです。

 

全ての作品は私が1点1点
真心を込めて丁寧に作っております。

全ての作業を一人で行っているため
どうしてもゆっくりペースに
なってしまいます。

このような広い世界において
あなたとの出会えたことに

感謝でいっぱいです。

ご訪問
本当にありがとうございます。